01. なぜ病院経営は改善しないのか?
02. 経営診断、「健康診断の結果」を眺めているだけで終わっていませんか?

03. 【状態を把握する】財務データから読み解く病院経営診断の基本

04. 【真因を把握する】なぜ財務指標は悪化するのか?すべての答えは「組織」にある
財務指標は、いわば川の「下流」で観測される水位のようなものです。 水位が低い(収益性が低い)という結果を見て、下流でいくら水をかき集めようとしても、根本的な解決にはなりません。 本当にすべきことは、川の「上流」、すなわち、その水量を決定づけている源泉で何が起きているのかを突き止めることです。
財務指標はあくまで「結果」。その「原因」は現場の行動にある 例えば、「医業利益」という最終的な結果は、無数の現場の行動によって構成されています。 医師が適切な診療を行い、看護師が質の高いケアを提供し、医療事務が正確にレセプト請求を行う。 これらの行動の一つひとつが、収益(プラスの行動)と費用(マイナスの行動)として積み重なり、最終的な利益という数値に結実します。 したがって、財務指標が悪化しているということは、その背景で、組織の目標達成に繋がらない「望ましくない行動」が、数多く発生していることを意味します。
真の経営診断とは、この「望ましくない行動」が、なぜ、どのような組織の仕組みによって引き起こされているのか、 その因果関係を解明するプロセスに他なりません。
ケーススタディ①:「病床利用率の低下」の裏側にある、入退院支援部門の機能不全と連携不足 財務分析の結果、「病床利用率が目標の90%に対し、82%に留まっている」という課題が明らかになったとします。 この時、多くの経営者は「もっと新規入院患者を獲得しろ」と、営業部門にプレッシャーをかけがちです。 しかし、組織の内部を診断してみると、全く異なる真因が見えてくることがあります。
詳しく調査した結果、この病院では、新規入院患者の受け入れを断らざるを得ないケースが頻発していることが判明しました。 その原因は、退院予定の患者の調整が常に遅れ、ベッドがなかなか空かないことにありました。 さらに深掘りすると、医師、看護師、ソーシャルワーカー(MSW)、リハビリ部門といった、退院支援に関わる多職種間の連携が、全く機能していない実態が浮かび上がってきました。 「退院調整の最終責任者は誰なのか」という役割が曖昧なため、各部署が「誰かがやってくれるだろう」と、互いに責任を押し付け合っている。
情報共有のルールが定められていないため、「主治医が退院許可を出したことが、MSWに伝わっていなかった」といったコミュニケーションエラーが日常的に発生している。 このケースにおける根本原因は、「営業力の不足」ではありません。 それは、「多職種が円滑に連携し、スムーズな入退院プロセスを実現するための、組織的な仕組みの欠如」なのです。
ケーススタディ②:「人件費率の高止まり」の裏側にある、生産性を下げるマネジメントの問題 次に、「医業収益対人件費率が、同規模病院の平均である55%を大きく上回る62%で高止まりしている」という課題を考えます。 財務分析だけを見れば、「職員数が多すぎるのではないか」「給与水準が高すぎるのではないか」といった結論に飛びつき、安易な人員削減や賃金カットという、組織の士気を著しく下げる危険な選択をしてしまいがちです。
しかし、組織診断を進めると、この高い人件費率が、職員の過剰な「時間外労働(残業)」によって引き起こされていることがわかりました。 そして、その残業の原因は、職員の能力不足や怠慢ではなく、院長のマネジメントスタイルそのものにあることが明らかになりました。
この病院の院長は、典型的なプレイングマネージャーであり、あらゆる業務の最終決裁を自分で行っていました。 しかし、日々の診療で多忙なため、決裁が常に遅延。現場の職員は、院長の指示を待つしかなく、業務は停滞。
結果として、日中に終わるはずの仕事が終わらず、残業せざるを得ない状況が常態化していました。 また、院長の指示自体が曖昧で、何度も手戻りが発生することも、無駄な労働時間を生む大きな要因となっていました。 この場合、根本原因は「職員数」や「給与水準」ではありません。 それは、「院長が権限移譲を行わず、マイクロマネジメントを行うことで、組織全体の生産性を著しく低下させている」という、マネジメントの構造的な問題です。
ケーススタディ③:「患者満足度の低迷」の裏側にある、責任所在が曖昧な組織体制 経営診断では、財務指標だけでなく、患者満足度のような非財務指標も重要です。 「患者満足度調査の結果が、年々低下している」という課題が浮上したとします。 この時、「職員の接遇態度が悪い」と結論づけ、接遇研修を実施するだけでは、問題は解決しません。
組織を診断してみると、患者からのクレームで最も多いのが「説明不足」や「部署間の連携の悪さによる、たらい回し」であることがわかりました。 「検査の結果について、主治医の先生から詳しい説明が聞きたいのに、いつ聞けばいいのかわからない」「会計で質問したら、それは医事課ではなく、病棟のクラークに聞いてくれと言われた」。
これらの問題の根源にあるのは、職員個人のホスピタリティの欠如でしょうか。 そうではありません。 「患者への病状説明は、誰が、いつ、どの範囲まで行う責任があるのか」「会計に関する問い合わせは、どの部署が一次対応を行う責任があるのか」といった、役割と責任の所在が、組織のルールとして明確に定められていないことが、根本原因です。 責任の所在が曖昧だからこそ、「それは私の仕事ではない」という無責任な対応が生まれ、結果として患者満足度の低下という指標に現れているのです。
05. 【組織を診断する】セルフでできる「組織診断」5つのチェックリスト
自院の組織に潜む、これらの根本原因を特定するために、まずはセルフチェックから始めてみましょう。 以下の5つの観点から、自院の組織の健康状態を診断してみてください。
役割|職員一人ひとりの役割と責任範囲は明確か? 院内に、全職員の役職と、その上下関係を示した、最新の組織図は存在し、周知されていますか? 各役職(看護部長、事務長、主任など)に、どのような権限と責任があるのかを定義した、職務権限規程は存在しますか? 職員は、「自分は誰に報告し、誰から指示を受けるのか」を、明確に一人だけ答えられますか? 部門間で業務の押し付け合いや、「それはうちの仕事ではない」という発言が頻繁に起きていませんか?
ルール|院内のルールは全職員に正しく認識され、運用されているか? 業務マニュアルや各種規程は、定期的に見直され、現場の実態に即したものになっていますか? 報告・連絡・相談の具体的な方法(会議、日報、メールなど)と、その期限は、ルールとして定められていますか? ルール違反があった場合に、どのような結果(評価への反映など)になるかが、明確に定められ、実際に運用されていますか? 「昔からこうだから」という、明文化されていない慣習や、特定の個人の感覚で、業務が進められていませんか?
評価|職員の貢献度を公平に評価する仕組みは存在するか? 人事評価の基準は、全職員に公開されていますか? 評価項目は、「協調性」「やる気」といった曖昧なものではなく、「目標達成率」などの客観的な事実に基づいていますか? 評価の結果が、昇給や賞与にどのように反映されるのか、そのロジックは明確ですか? 職員から、「評価に納得できない」「上司の好き嫌いで評価が決まる」といった不満の声が上がっていませんか?
コミュニケーション|報告・連絡・相談が、正しい経路で適切に行われているか? 院長が、中間管理職を飛び越えて、現場の職員に直接指示を出していませんか? 会議の目的やゴールは明確で、時間内に結論が出ていますか?あるいは、単なる情報共有や馴れ合いの場になっていませんか? 部署間のコミュニケーションは、担当者レベルの個人的な関係性に依存していませんか? 「言った、言わない」という、コミュニケーションエラーに起因するトラブルが頻繁に発生していませんか?
マネジメント|院長や管理職は、正しい権限移譲と指示命令ができているか? 院長は、本来、管理職が判断すべき細かな業務にまで、口を出していませんか? 管理職は、プレイヤーとしての業務に追われ、部下の育成や管理といった、マネジメント業務を十分に遂行できていますか? 上司から部下への指示は、「なるべく早く」「適切に」といった、曖昧な言葉ではなく、具体的な期限や状態を示して行われていますか? 部下からの報告に対して、上司がプロセスに過剰に介入したり、感情的な叱責をしたりしていませんか?
06. なぜ、自院だけでの経営診断と改革は失敗するのか?
このセルフチェックを通じて、自院の組織に多くの課題があることに気づかれた経営者の方も多いかもしれません。
「明日から、これらの課題を一つずつ解決していこう」。 その決意は非常に重要ですが、残念ながら、内部の力だけで本質的な組織改革を成し遂げることは、極めて困難である、という厳しい現実があります。
客観的な視点の欠如により、本質的な課題を見誤る 「灯台下暗し」という言葉の通り、長年その組織に身を置いていると、何が問題であるのかを客観的に判断する能力は、知らず知らずのうちに麻痺していきます。 内部の人間にとっては「当たり前」であり、もはや疑問にすら思わない非効率な慣習や、不健全なコミュニケーションの癖こそが、実は組織を蝕む最大の病巣である、というケースは少なくありません。 この「当たり前」を疑う、外部からの客観的な視点なくして、本質的な課題特定は不可能です。
長年の慣習や院内の人間関係が「正常性バイアス」を生む 「これまでも、このやり方で何とかやってこれたのだから、うちの病院は大丈夫だ」。 このような、自分たちにとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする心理的な傾向を「正常性バイアス」と呼びます。
長年かけて築き上げられた院内の人間関係や、特定の有力者への忖度、そして「変化を嫌う」という組織の慣性は、この正常性バイアスを強力に増幅させます。 「問題があることは、薄々みんな気づいている。 しかし、それを指摘して波風を立てる者はいない」。 この空気が、改革への一歩を踏み出すことを、極めて困難にしているのです。
日々の診療業務に追われ、改革を断行するエネルギーがない そして何より多くの院長は経営者であると同時に、一人の臨床医でもあります。 目の前の患者の命と向き合うという、極めて重い責務を担いながら、同時に腰を据えて組織全体の仕組みを再構築するという全く性質の異なる、そして膨大なエネルギーを要するタスクを並行して実行することは現実的にほぼ不可能です。
07. 「客観的な組織診断」から始める、外部コンサルティングという選択肢
これらの、自院だけでの改革を阻む高い壁を乗り越え、本質的な経営改善を最短距離で、かつ確実に実行するための一つの有効な手段が、組織マネジメントを専門とする外部コンサルティングの活用です。
外部パートナーが提供する3つの価値 優れたコンサルタントは、単なるアドバイザーではありません。 改革を成功に導くための、3つの重要な価値を提供します。
価値①:客観的なデータとフレームワークに基づく、精度の高い組織診断 外部の専門家は、しがらみのない第三者の視点から、組織を冷静に診断します。 経営者や職員へのヒアリングを通じて、これまで誰も気づかなかった、あるいは見て見ぬふりをしてきた本質的な課題を特定します。
そして、その課題を、長年の経験から体系化された理論(フレームワーク)に当てはめ、根本原因がどこにあるのかを、論理的に構造化します。 「なんとなく組織の風通しが悪い」といった曖昧な問題意識を、「指示命令系統の混乱による、部門間の責任の押し付け合い」といった、具体的な解決可能な課題へと変換してくれるのです。 価値②:しがらみに捉われない、改革の推進力 コンサルタントは、院内の人間関係から完全に独立した立場で、組織にとって本当に正しいことは何かを、経営者に進言します。時に耳の痛い指摘も厭わない彼らの存在は、経営者がしがらみを乗り越え、改革を断行するための強力な後ろ盾となります。 「外部の専門家もこう言っている」という事実は、院内の抵抗勢力を説得する上でも有効な材料となり、改革の推進力を高めます。
価値③:再現性のある「マネジメントの仕組み」の導入支援 最も重要な価値は、コンサルタント個人の経験則や感覚に頼るのではなく、他の多くの組織で成果が実証された、普遍的で再現性のある「マネジメントの型(仕組み)」を導入してくれることです。 これにより、コンサルティングが終了した後も、病院が自律的に成長し続けられる、持続可能な組織基盤が構築されます。 院長が学ぶべきは、個別の問題解決スキルではなく、あらゆる問題に応用可能な、組織運営の「原理・原則」なのです。
失敗しないコンサルティング会社の選び方 ただし、コンサルティング会社ならどこでも良いというわけではありません。 特に、病院という特殊な組織の改革を任せるパートナーは、慎重に見極める必要があります。
真の経営診断とは、未来の組織の姿を描くことから始まる 本記事を通じて、病院経営における真の「経営診断」とは何か、その全体像をご理解いただけたのではないでしょうか。 それは、単に過去の実績である財務諸表を分析し、現状を把握するだけの、後ろ向きの行為ではありません。
財務分析と組織診断という、二つのレンズを通して、自院が抱える課題の根本原因を特定し、それを解決した先にある、「自院が目指すべき、あるべき組織の姿」を具体的に描き出す、未来志向の行為です。